佐渡旅行をしてきました

佐渡島に行ってきました。

佐渡島は日本神話の国産み神話でも出てくるので神話の時代から日本の一部と考えられていました。元々は現在の新潟県辺りが日本の北限と考えられていましたが、島を含めれば佐渡島が北限と考えるべきかもしれません。

対馬は朝鮮半島に近く、独自の文化が発達しましたが、佐渡は独自の文化が発達したとは言いがたいです。長らく佐渡国として独立した国でしたが、文化的には越後国の影響を大きく受けていました。また遠流の地とされていたので元々高貴な人間が流されることがあり、その流人からの文化の流入がありました。特に文化的に影響を与えたのは順徳上皇・日蓮・世阿弥の3人でしょう。

順徳上皇は承久の乱で父親である後鳥羽上皇と一緒に鎌倉幕府に対して反旗を翻しました。非協力的だった兄の土御門上皇と違い、積極的に関与したとされ鎌倉幕府からの相当な怒りを買いました。鎌倉幕府は後鳥羽上皇の子孫を天皇にすることを拒否したため、後鳥羽上皇の甥にあたる後堀河天皇が新しい天皇になりました。しかしこの後堀河天皇の血統は息子の代で絶え、残る皇族は後鳥羽上皇の血統のみになりました。そこで順徳上皇の息子を天皇に推す声もあり、京に戻れる可能性が出てきました。しかし順徳上皇を許す気がない鎌倉幕府によって潰されてしまいます。そして土御門上皇の息子である後嵯峨天皇が天皇となりました。これにより京に一生戻れないことを察して、その少し後に自殺に近い状況で佐渡で亡くなったとされています。この後嵯峨天皇は現在の天皇の直系の先祖です。ちなみにこの後嵯峨天皇の優柔不断さが南北朝の対立を生むことになり、日本史を振り回していくことになります。

話を佐渡島に戻します。戦国時代は島根県の石見銀山が世界経済に影響を与えるほどの銀の産出を誇りましたが、江戸時代の幕開けとほぼ同時に佐渡島で金山が見つかります。江戸幕府は佐渡島を天領とし、金山開発を行いました。佐渡金山は1989年に資源枯渇のため休山しますが、それまで一貫して金銀を産出し続けました。江戸時代は日本は世界への交易を制限していたので佐渡金山は日本経済に多大な影響を与えました。江戸時代の東日本の小判文化は佐渡金山がなければ成立しなかったかもしれません。

佐渡島は大きな神社はありませんが、佐渡金山はかなりおもしろい観光地ですし、一度行くと楽しめる地域です。

佐渡島の行き方

飛行機で行く手もありますが、新潟港から佐渡汽船で両津港に入るのが一番楽で便利でしょう。

問題はレンタカーです。島内にレンタカーは潤沢にないので土日などに借りる場合は早めの予約をした方がいいでしょう。フェリーで車を運ぶ方法もありますが、ジェットフォイルよりも遅いのと予約も取りにくいので現地でレンタカーを借りられるなら、そちらの方が楽でしょう。

今回は下のサイトの会社のレンタカーを利用しました。以前対馬でボロボロのレンタカーを渡されたので全く期待してなかったのですが、このレンタカー屋さんはほとんど新車で、自分も新車を借りることができたので快適でした。次も借りたいと思えたのでおすすめです。

行ったところ

最後に

佐渡島は新潟市から割と簡単に行けます。レンタカーを借りる難易度が少し高いですが、そこさえクリアすれば回れます。特に佐渡金山はかなりおもしろい観光地なのでおすすめです。

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